2017年02月22日
【魔のバミューダ海域】 謎がついに解明!?
ある海域を通過した船や飛行機が忽然(こつぜん)と消息を絶つ、あるいは乗員のみが姿を消してしまう……。
こんなゾッとするエピソードが満載で、昔から「魔の海域」と恐れられているのが、かの有名な「バミューダ海域」である。
数々の映画や小説、漫画の題材にもなってきたバミューダ海域だが、なんでも最近、その謎を解明し得るかもしれない重要な発見があったようだ。
人々に恐怖を与えてきた世界最大のミステリーの1つに、ついに終止符が打たれるのだろうか……!?
・恐怖の三角形「バミューダトライアングル」
バミューダ海域とは地図で言うと、フロリダ半島の先端、大西洋にあるプエルトリコ、そしてバミューダ諸島を結んだ三角形の領域を指している。
「バミューダトライアングル」という別名は、それに由来するのだ。
・跡形もなく行方不明に
この海域では昔から、そこを通過中の船や飛行機が何の痕跡も残さずに乗り物ごと、または乗り物を残して中の乗員だけが姿を消してしまう、などなど。
“ただの” 海難事故とはちょっと違った恐ろしい出来事が度々起きるエリアとして有名である。乗り物ごと行方不明になってしまう際には、その乗り物のわずかな破片さえも見つからないこともあるらしい……。
・巨大なクレーター
しかし最近、ノルウェーの大学の研究員たちによってある発表がなされたのである。それは「ノルウェーの沿岸にクレーターを発見した」というもの。
具体的なサイズは幅800メートル・深さ45メートルというのだから、非常に大きなクレーターであることが分かる。
しかもこの類のクレーターが、ノルウェー付近からフロリダ、プエルトリコ、そしてバミューダ諸島近辺まで点在しているらしいのだ。
・ミステリーに終止符?
ロシアの科学者によると、そのような巨大なクレーターが形成された原因は、「メタンガスの爆発」であるという。海底に堆積したメタンガスが爆発を起こす際の衝撃は時にすさまじく、また大量のガスも発生するらしい。
結果として、その海域を通過しようとする船や飛行機の行く手を阻む原因になっていると考えられるそうだ。
ということは……「メタンガス」がバミューダトライアングルの謎を解く鍵なのか!?
研究の詳細については近日発表されるもよう。その時には、バミューダ海域の謎がついに完全解明される……かもしれない。
2016年11月19日
ナノマシンがシステムエラー☆グレイグーの脅威!
炭素やケイ素を主要な素材として、自己複製するナノマシンがあるとして、もしそれが、自己複製時のプログラム・エラーなどにより暴走した場合、これらの増殖が止まらなくなる可能性もある。
ナノマシンは幾何級数的に個体数を増やすため、数時間のうちに地球全体がナノマシンの塊である「グレイ・グー(Grey goo)」に変化してしまうとされている。
これらは悪用されれば従来の生物兵器よりも効果のある兵器となりうる。
バクテリアがなぜそうならないのかですが、古細菌、原核生物の全てを合わせれば、地球を覆っていると言っても間違いではないかもしれません。
地球からバクテリア以外の全ての物質を取り去っても、地球の姿と、全ての生物の形がバクテリアに縁取られて残るとも言われるほどです。
生物は細菌の塊のようなものですし、地表から地下数キロメートルにまで古細菌がいるわけですから。
2016年11月08日
【織田信長】新解明された真実の数々!
「戦国武将の逸話には、創作である軍記物の記述に引きずられ、それが定説となってしまうことが多い」
──そう語るのは戦国武将・明智光秀の子孫で、先頃「織田信長 四三三年目の真実 信長脳を歴史捜査せよ!」を上梓した明智憲三郎氏。
実は光秀の主君・織田信長にまつわる定説は、間違いだらけなのだという。
独自に解明した信長の「真の姿」を明かしてもらった。
信長といえば16~18歳の頃に奇行が目立ったことから、「大うつけ(大バカ者の意)」と呼ばれていた。
この「うつけ」、実は演技だったとされるが、明智氏はその理由もこれまでの定説とはズレていると指摘する。
「うつけを演じたのは、弟に注がれた母の愛情を取り戻したかったからなどと言われていますが、そんな甘い時代ではない。本当の理由は暗殺防止なんです」
そのことに明智氏が気づいたのは、くしくも信長が抹香を仏前に投げつける奇行を見せた、父・信秀の葬儀で読まれた弔辞の一節だ。
「孫呉兵術に慣るるのみにあらず、況(いわん)や良平の謀諮を挫(くじ)くをや」
「孫呉」は「孫子」「呉子」なる兵法書を残した孫武と呉起であり、「良平」とは漢の劉邦に仕えた名軍師、張良と陳平を指す。
つまり中国の故事を例えに用い、信秀をほめたたえているのだ。
「中国には唐の太宗や宣宗など、有能な人物が後継者争いで暗殺されるのを防ぐため、わざと『うつけ』を装い、のちに実権を握った例がいくつもある。当時の尾張は織田一族同士で戦い合う状況でいつ暗殺されてもおかしくない。信秀はいちばん優れた息子の信長にうつけを演じさせたのです」
この視点でこれまでの信長の定説を捉え直すと、新事実が見えてくるという。
4万5000とも言われる大軍を率いた今川義元をわずか10分の1の兵力で破った「桶狭間の戦い」。
信長が義元の本陣を奇襲し、偶然と幸運が重なって勝てたとするのが定説だが──。
「信長は確実に勝つため、綿密に作戦を立てていた。
実は『呉子』には『千の力で万の敵を撃つ最善の策は狭い谷間で戦うこと』という兵法が書かれてあります。
道幅が狭いと大軍でも横に広がれず、攻撃の範囲が狭まる。だから桶狭間に義元をおびき寄せた。
また、『先頭と後尾が分断された敵は攻めやすい』『敵が進みやすく退却しにくい地形にいる時に誘い出せ』とも書かれてある。
信長はそれに従い、後陣が桶狭間にいるうちに自分の砦を餌としてあえて攻め落とさせ、前陣を砦のある平地に引き出すことで軍を2つに分断し、兵力を半減させた」
さらには、「追い風の時に大声を出して攻め込め」という兵法も実行。
「敵は恐怖を感じて混乱するそうです。桶狭間は伊勢湾の近くで、しかも夏だから海風は強い。海の温度が高まり海風が吹くお昼から突撃を始めた。決戦は通常朝イチで始まるものなので、結果的に奇襲となった。信長は地形や気候、時間をも巧みに利用したのです」
成功率を上げるため「作戦は士卒に知らせるな」という孫子の教えどおり、家臣にもあらかじめ教えない徹底ぶりだったという。
信長で連想しやすいのは比叡山焼き討ちなど数多くの残虐行為。
これも本人の性格に起因するように思えるが、明智氏は否定する。
「信長は戦争に関しては孫呉の兵法を用いたが、政治には『韓非子』の論理を使ったと思われます。韓非は春秋戦国時代の諸子百家の一人で、孔子や孟子などの儒教的精神とは対極の存在。秦の始皇帝が心酔し、彼を重用しました。簡単に言うと、覇王として勝ち残る方法が書かれてあるのです」
信長は家臣の荒木村重が謀反を起こした際、その一族郎党、妻や側室、幼子さえも全員処刑した。
「『韓非子』によれば、とにかく厳罰を与えることが大事。他の家臣が恐れて同じこと(謀反)を起こさないようにすることが目的の『予防刑』という考えです。例えば比叡山に関しても、浅井長政・朝倉義景に加担したら焼き討ちすると、比叡山側に事前に通告していた。その約束はホゴにされましたが、ここで見逃せば予防刑にならない。絶対に処分しないといけません。決して個人的感情や残虐な性格だからなのではなく、統治するためのすべなのです」
こうした状況下、信長は「本能寺の変」で自刃することに。
だが明智氏によると、本能寺では別人が殺される予定だったという。
「実は、信長は徳川家康を本能寺で殺そうとしていた。家康を呼び寄せて光秀に討たせ、家康の領地・三河を制圧するはずでした」
事実、信長は「本能寺の変」当日、重臣30人を従えた家康を呼びつけている。
ここで重臣ごと一気に討てば、指揮系統を失った三河の強力部隊も手に入る。
それは同時に、光秀にとっても信長を討つ千載一遇のチャンスとなった。
なぜ光秀は謀反を起こしたのか。
「信長に恨みがあった」「天下を取りたかった」などの説があるが、明智氏は別の動機を説明する。
「自分の一族が信長に滅ぼされると悟ったからでしょう。『韓非子』に『ずるい兎が全て狩られれば猟犬が煮て食べられる。同じように敵国が滅びれば謀臣が殺される』という一節があります。戦国武将にとって、一族が続くことは天下を取ることと同じ比重で重要でした。当時は主君の死後、その一族は有力な家臣に滅ぼされるのが常だった。そのため、有力武将は遠国へ移封されるか滅ぼされる。信長はイエズス会の宣教師に、中国の明を征服する予定だと述べています。この計画によって信長は、自分の一族を滅ぼしかねない有力武将を中国へ送り込むことができる。すなわち高齢の光秀に代わって、息子たちが中国へ行くことになる。恐らくもう帰ってこられず、光秀一族は中国で滅亡することになる。光秀はそう悟り、謀反を起こしたというのが最も妥当です」
みずからの一族による天下統一が続くように、中国進出をもくろんだ信長は、同じく一族を守ろうとした家臣によって殺される結果となったのだ。
2016年11月04日
【明智光秀】天海と同一人物で実は生き残っていた!
本能寺の変の後、山崎の合戦で秀吉に敗れた明智光秀。
一般常識では、山崎で敗れて明智光秀は逃げる途中で落ち武者狩りにあって果てたことになっています。
でも、その明智光秀がについて別の事実が噂されているのをご存知でしょうか?
それが、明智光秀は『南光坊天海』と同一人物ではないか?という話です。
その話が挙げられるいくつかの共通する話があるんです。
それは一体なんなのか?
南光坊天海の正体は明智光秀?
実は南光坊は明智光秀ではないかと言う話は昔から囁かれていますよね。
実際にそうなのかそうではないか真実はなんとも言えないというのが世間の人々の考えだと思います。
…が、僕はもしかしたらそれは事実ではないかという風に考えられなくもないと思っています。
なぜ僕がそう思うか、それにはいくつかの根拠となるものがあるからです。
【根拠其の一】
1つめは、日光には明智平と言う場所があること。
ここの名前は南光坊天海がつけた名前なんです。
明智光秀と言う名を世に残したかったからと言われています。
本人以外が他人の名前を場所名にしてまで残したいと思うでしょうか?
【根拠其の二】
2つめが日光東照宮には桔梗紋があること。
桔梗紋は明智光秀の家紋なのです。
間違いなく桔梗紋に南光坊天海が関係しているのは間違いなさそうですよね。
徳川家の家紋ではないわけですし。
桔梗紋が至るところにあるのは何か意味があるのか、それはわかりませんが明智光秀=南光坊天海である一つの根拠と言えるでしょう。
【根拠其の三】
そして3つめは山崎合戦の後に『光秀』と言う人物が比叡山に石碑を寄進してるということ。
この光秀と言う人物が本人なのか?
【根拠其の四】
家光の乳母である春日局と南光坊天海が会った時の話です。
この時、春日局と南光坊天海は「お久しぶりです」と挨拶をしているのです。
仮に別人物だとしたら初めて合う人間に久しぶりという言葉を投げかけるでしょうか?
【根拠其の五】
そして5つめが南光坊天海と明智光秀二人の筆後が酷似しているということ。
とあるテレビ番組でプロの鑑定士の方に見てもらったところ同一人物か近親の人ではないかという話が出たんです。
【根拠其の六】
最後に明智光秀は実際は死んでなかったということ。
当時は影武者だっていたと思います。
死後の人物特定がはっきりされてないので明智光秀じゃない場合もあると思います。
しかし有力な根拠の一つなのではないでしょうか?
本能寺の変431年目の真実という本があります!
明智光秀の子孫の方が独自の調査で導き足した本能寺の変の真実が書かれています。
この本によるとどうやら・・明智光秀は徳川家康と組んでいたようです。
(信長は家康を亡き者にするつもりで本能寺の変前夜の茶会に読んだと言われています。)
ちなみに南光坊天海は徳川家康の参謀として関ヶ原の戦いの時に突然その名が歴史に登場するのです。
これが意味している事。
つまり、山崎の合戦で敗れた明智光秀は家康の元に逃げたのではないか?
これを言うと歴史好きの方には「いやいや、家康だって命からがら三河に戻ったんだからそれはないでしょ。」と言われそうですね(^^;;
ただ、歴史は勝者が書換えるもの。
事実は違う事はあると思いませんか?
【根拠其の六】
そもそも、秀吉の中国大返しって・・・ほとんど準備期間なしで出来るものなのでしょうか?
道中の食事は?
先に伝令を走らせて道々の農民に作らせていたというけど、兵士って3万人いたと言われています。
3万人分の食料ってすごい量ですよね。
農民全員合わせて、庄屋とかも合わせても・・3万食って準備できるものか?
たった5日で、それも大雨の中岡山から京都に行けるものか?
で、そのままあの有能な明智光秀と戦って勝てるものか?
明智軍の兵士は元気いっぱいなわけですし。
秀吉も兵士をちょっと休ませたというけれど、ちょっとで全開になるものか?
謎すぎます。
持論を書かせていただけば、秀吉と光秀、そして家康は組んでいたのだと思ってます。
で、秀吉だけ裏切った。
虚をつかれた光秀は3万の兵とたたかう準備ができてなかった。
で、負けて家康の元へ。
光秀は家康の命の恩人なので、歓待され、その際を買われて家康の参謀となった。
ではないでしょうか?
これだけの根拠があるので僕は真実なのではないかと思っています。
そして最後の5つめであげた「明智光秀の死」・・・。
「明智光秀は死んだんじゃないの?」
歴史上では死んだとされていますが真相はどうなのでしょうか?
【明智光秀は死んだはずでは?】
明智光秀は1582年7月2日に山崎の戦いで死んだとされています。
実は死に方もいろいろ言われていて山崎の戦いで落ちて行く途中に小栗栖によって落ち武者狩りにあったと言われていたり、戦いの最中致命傷を負う怪我をした為に自害したと言われていたりしています。
どちらもなくはない話なんですがこれもはっきりとした真実はわかっていなくてただ「明智光秀は山崎の戦いにて秀吉に敗れ死んだ」とだけ伝えられていますね。
しかし明智光秀の亡骸は見つかっていません。
敗れた際に倒れた人物が実際本物の明智光秀という証拠がないのです。
当時は影武者がいてもおかしくはない時代です。
明智光秀の様な人物であればなおのこと・・・。
このこともあり、明智光秀は影武者を使い死んだと思わせ実際は生きていたのではないか?
そしてその後南光坊天海として第二の人生を歩んでいたのではないか?
この様にいわれているんです。
僕の意見としては影武者を使って死んだと思わせた、とはちょっと違います。
秀吉が光秀を討った農民、確か三人だったと思いますが、すぐに呼んで、褒美をやるのではなく命を絶っているのです。
これって、口封じじゃないでしょうか?
何の口封じか?
世間に知られては困ること。
つまり・・・本当は光秀を討っていなかったのではいか?
そう思うのです。
3人の農民が落ち武者狩りをしてた光秀を討ったことにして、口封じをした。
そういう事です。
それでは山崎の戦いで敗れた後、明智光秀はどのようにして生き延びたのか?
なぜ誰にも知られることなく生き延びることができたのか?
どのような段階で南光坊天海として歩んだとされるのか?
実はこんな理由があったのです。
【死んだとされる明智光秀はどのようにして生き延びた?】
明智光秀は山崎の戦いで秀吉に敗れたのち、死んだと言われています。
ですが実際は死んではいなく生き延び比叡山で身を隠ししばらくの間過ごしていたのです。
秀吉と実際に戦ったのは明智本人かとは思いますが、その後実際に「死んだ様に思わせる為に亡骸として」倒れていたのが『影武者』だったのではないかと言われています。
影武者を使ったかどうかは別として、とにかく逃げて比叡山に寄ったのです。
そうであれば実際は逃げ延び生きていたと言われてもおかしくはありません・・・。
明智のその後と言われている南光坊天海ですがどのような人物なのでしょうか?
最後に南光坊天海はどんな人物なのか?
どのようなことをしていたのか書いていきたいと思います。
南光坊天海はどのような人物?
南光坊天海は1536年〜1643年の間に生存していた人物で徳川の家康・秀忠・家光に使えてた僧侶とされています。
徳川政権の深部まで携わり活躍していた…と。
しかし前半生については不明な点が多い事で有名です。
また、南光坊天海は陰陽道や風水にも通じていたとされていて、なんと風水で城を建てる際は最もエネルギーの高い所に建てたとされています。
江戸全体を風水で強力なパワーをもった所にするためにいろんな手段を使い都市計画を考えたなど。
これはよく言われてる話ですよね。
なぜ南光坊天海は風水にこだわったのでしょうか・・・。
そして明智光秀=南光坊天海が真実だとしたら明智は何故第二の人生を南光坊天海として僧侶という立場として送ったのでしょうか・・・。
明智光秀=南光坊天海ではないのかの話についていくつか話しましたが疑問を1つ出せば次から次へと出てきますね。
2016年10月27日
【坂本龍馬】語られる謎の数々★
【坂本龍馬は生きていた…説】
近江屋で中岡慎太郎と会談していたところを十津川藩士を名乗るものによって、暗殺されてしまった坂本龍馬。
実は殺された坂本龍馬は影武者で本物の龍馬は伊藤博文、板垣退助、岩倉具視に匿われ、亀山社中に武器などを卸していたトーマス・グラバーによって、逃亡のための資金が用意され海外へ逃亡していたという都市伝説です。
そして龍馬を暗殺から助けた人物がお札の肖像画として描かれており、当時の一万円札と五千円札が聖徳太子なのは天駆ける天馬に乗って聖徳太子が現れたという伝説があるため、「天」が空飛ぶ龍を表しており、龍馬にかけられているということです。
龍馬がお札の肖像画になっていないのは、よく坂本龍馬の写真として知られているのは、すべて影武者の写真であり、龍馬本人の写真は残っておらず肖像画にできなかったためだそうです。
【坂本龍馬はフリーメイソンだった…説】
坂本龍馬と貿易をしていたことで知られるトーマス・グラバー。彼の邸宅だった場所はグラバー園として今では長崎の観光名所ともなっています。
そのグラバー園の庭にコンパスと定規を組み合わせたフリーメイソンのマークが刻まれた石柱があります。そのためトーマス・グラバーはフリーメイソンであり、坂本龍馬もフリーメイソンであるというものです。
秘密裏に龍馬が海外渡航しており、その時に海外のロッジで加入したという都市伝説もあります。
しかし、グラバーの邸宅の庭にあるフリーメイソンの石柱は元々あったものではなく1966年(昭和41年)にロッジにあったものを寄贈され移設したものだということなので、龍馬がグラバーと貿易していた当時はこの石柱はなかったということです。
【龍馬暗殺の黒幕はトーマス・グラバーだった…説】
坂本龍馬暗殺の犯人については、函館戦争で捕縛された元京都見廻り組の今井信郎が、佐佐木只三郎とその部下で行ったと自白していることから、京都見廻り組が実行したという説が通説となっています。
京都の霊山歴史館には桂早之助が龍馬を斬ったという刀も展示されていますね。
しかし、その龍馬暗殺を裏で操っていたのが、長崎のイギリス人武器商人であるトーマス・グラバーだったという説があります。
イギリスのジャーディン・マセソン商会の代理人としてグラバー商会を設立し経営していたグラバー。そのジャーディン・マセソン商会というのが裏で操っていたのではないかということです。
明治維新については初めから、グラバーと薩摩藩、長州藩でシナリオが作られており、それを遂行するために坂本龍馬を利用したという都市伝説もあります。そして、役目を終えた坂本龍馬は暗殺されたというのです。
いかがでしたか?坂本龍馬に関する都市伝説も沢山ありますが、ほとんどがグラバーやフリーメイソンに関するものです。
都市伝説を調べていて私が思ったのは、明治維新はグラバーなくしては起こりえなかったのではないかと思うので、明治維新を仕掛けたのはグラバーとその背後にあるジャーディン・マセソン商会などで、フリーメイソンであったと言われているペリーがあの時に来航したのも計画のうちだったのではないかということです。
そして、龍馬を利用していたグラバーが龍馬暗殺後も龍馬を偲んでいたのではないか、龍馬暗殺のシナリオを後悔していたのでは……ということです。
しかし、都市伝説は今となっては、新しい資料が発見されない限り実しやかに語られるだけです。
それをもとに本当はどうだったのか、こうだったらいいなと歴史の裏に想いを馳せるのが一番いいのかもしれません。
2016年10月15日
【タイムトラベラー】現代に訪れた未来人の証拠写真!
1941年のセレモニーに現れたヒップスター
1941年、カナダはブリティッシュコロンビア州ゴールドブリッジにあるサウス・フォークス橋の再開式典の様子を撮った写真。
サイドに革のシールドがついているタイプのサングラスは1920年代から使われていたが、この男はモダンなTシャツやホッケーチームのセーターまで着ていて、群衆の中でひときわ浮いている。
iPhoneで馬車のルートを確認するヘンリー・フォンダとシャーリー・テンプル
1948年、ジョン・フォード監督の映画『アパッチ砦』のワンシーン。
駅馬車の中のふたりがスマホのようなものを持っている。
グーグルマップだけでなく、アップルの地図アプリも使っていそうだ。
2036年からやってきたタイムトラベラーを自称する男性ジョン・タイター
2000年にインターネット上に現れた、2036年からやってきたタイムトラベラーを自称する男性である。
自分を1998年生まれだとした。複数の掲示板やチャットでのやりとりを通じて、タイムトラベルの理論や自身のいた未来に関する状況、未来人である証拠などを提示していった。
タイターは、最初の書き込みから約4か月後の2001年3月に「予定の任務を完了した」との言葉を残し書き込みをやめ、現在は消息を絶っている。
【タイムトラベラー】未来人が株で大儲け!
2003年1月28日、アメリカのアンドリュー・カールシンという名の男性がインサイダー取引の疑いでFBIに逮捕されました。
彼は、株の取引によって、800ドル(約8万円)の元手をわずか2週間で3億5,000万ドル(約340億円)に増やすことに成功したのです。
FBIに逮捕されたカールシンは4時間に渡り尋問されました。
「なぜ短期間に巨万の富を築くことができたのか?」と捜査官に尋ねられたカールシンは、こんな驚くべき答えを返しました。
「私は2256年からやってきたタイムトラベラーです。」
カールシンの話によると、2256年の世界で、この時代に株が乱高下することはよく知られた事実なので、株式市場の歴史を知っている人は、全員、その知識を利用して金儲けをしているのだそうです。
カールシンは次のように語っています。
「誘惑に抗しきれなかったんです。初めのうちは、もっと自然な取引に見えるよう計画していました。ここで損をして、あそこで損をして……というように、完ぺきに見えないようにするつもりだったんです。でも、その時の興奮に飲まれてしまったんですよね。」
カールシンは、自分の言い分が正しいことを証明するために、アメリカがイラクに侵攻する日を予言しました。
その予言は的中しました。
彼はまた、オサマ・ビン・ラーデンの居所と、エイズの治癒方法を教えることを申し出ました。彼はとにかく釈放され、自分のタイムマシンに戻りたい一心だったのです。
タイムマシンについて尋ねられたカールシンは、その所在地と、タイムマシンの仕組みについて語ることを拒否しました。
・・・というのも、タイムトラベルの技術が悪者の手に渡る可能性を危惧したためです。
当然のことながら、FBIはカールシンの話を鵜のみにしませんでした。
しかし、FBI が2002年12月以前の彼の行動をたどろうとしたら、誰一人として関連情報を得ることができませんでした。
カールシンが未来からやってきたという記事は、2003年2月25日付けのアメリカの大衆紙『ウィークリー・ワールド・ニュース』に掲載されました。
その後、この記事はYahooニュースといった主要メディアで引用されました。
その後のインタビューによると2003年3月に釈放され、カナダへ移住し、株取引で得た莫大な資金を元手に会社を経営していた。
そして「当局との合意により釈放された」らしい。
【UMA】実在した!?アルゲンタビス・マグニフィセンス
アルゲンタビスは600万年ほど前、現在の南米アルゼンチンに棲息していたとてつもなく大きなコンドルです。
小さく見積もっても翼開長 (翼を広げたときの端から端の長さ) は5メートル以上、おそらく7~8メートルはあったと考えられています。
現世最大のコンドル、アンデスコンドルは翼開長が3メートルを超す巨大なコンドルですが、それの2倍以上あることになります。
体重と筋肉量の関係から計算していくと、「飛べる鳥」の最大は15キロぐらい、うんと頑張っても20キロぐらいが限度ではないか、といわれています。
アンデスコンドルは12キロほどですから、ほぼ限界の大きさに達していると考えられます。
実際、アンデスコンドルは羽ばたいて飛ぶのは苦手で、地面から飛び立つとき、逆風をついて飛ぶとき以外は羽ばたくことはせず、専ら上昇気流任せの飛行方法です。
アルゲンタビスの体重はどれぐらいあったのでしょう?
驚いたことに、アルゲンタビスの体重は70キロぐらいから、もしかすると100キロを超えていたのではないかと推測されています。
「空を飛べる鳥」の体重の限界を遙かにオーバーしています。
アンデスコンドルの約2倍の大きさがあるのなら、筋肉も同様に増加しているので飛んでも不思議ではないのではないか?と思う人もいるかもしれませんが、そう簡単にはいきません。
筋肉の強さは断面積に比例しますので、姿形をそのままに体を大きくしていくと、体重は体長の3乗に比例して増えていきますが、体の表面積や筋肉の断面積は2乗にしかなりません。
たとえば体長が2倍になると、体重は8倍になりますが、筋肉の表面積は4倍にしかなりません。
仮に体長が10倍になると体重は1000倍になりますが、筋肉の表面積はわずか100倍にしかなりません。
体重の増加量に見合うほど筋肉の断面積が増えていないことが分かります。
からだが大きくなればなるほど、相対的に筋肉の負担が増えていくことになります。
アンデスコンドルですでに飛ぶのに苦労している状態ですから、もはや筋肉にそれ以上負担をかけるのは無理、アルゲンタビスは飛べるはずがない、という結論に達してしまいます。
計算上からも、また現世のアンデスコンドルから考えても、アルゲンタビスが空を舞うのは不可能のように感じます。
コンピュータでアルゲンタビスの飛行をシミュレートしたところ、やはりこの筋肉量では地面から飛び立つのは難しかったのではないか?と考えられています。
では、かれらは巨鳥ジャイアント・モアやロック鳥のモデルとなったエピオルニスのような飛べない鳥だったのでしょうか?それにしては立派すぎる翼を持っています。
かれらは確かにどこにでも棲める鳥ではなかったかもしれません。
しかし、かれらはこの地域の地理的利点、つまり傾斜や上昇気流をうまく利用し、問題なく空に舞い上がることが出来たと考えられています。
舞い上がってしまえば問題はありません。
大きく面積の広い翼は滑空飛行に適しており、現世のコンドル同様、一度空に舞い上がってしまえばほとんど羽ばたくことを必要とせず、空からエサを探し求めていたのでしょう。
2016年10月12日
【ゾルタクスゼイアン】siriが語るその真実とは?
iphoneに搭載された人工知能であるsiriが答える謎の単語「ゾルタクスゼイアン」
やりすぎ都市伝説でも度々紹介され、世界の陰謀論と共に語られるその神秘的なフレーズは、人々の心を魅了した。
「siriにゾルタクスゼイアンの事を聞くと、秘密結社から監視の対象になる!!」
そんな意味不明の噂も流れているくらい。
siriが語るゾルタクスゼイアンの正体とはなんなのだろうか?
以前、siriに「ゾルタクスゼイアンって何?」と聞くとこう返答してきていた。
「そうですね…しかるべき時が来たらお教えしましょう」
なんとも含みのある返答、オカルト心が刺激されてワクワクするっ!しかし現在、同様の質問をするとこういった返答が返ってくる。
「そうですね…しかるべき時が来たらお教えしましょう
冗談です!もちろんただのフィクションですよ。」
なんということだろうか。
siriが冗談で言ったゾルタクスゼイアンがテレビで紹介されて話題になったのでビビったのか、フィクションであると返答を変えてきたのである。
その後、30回くらい「ゾルタクスゼイアンって何?」とsiriに質問しまくってみた。
その回答はこうだ。
【回答例①】
「ゾルタクスゼイアンは、架空の惑星です。6000年くらい前に、遠い銀河で人気があったTV番組の中に出てきたんですよ。
ゾルタクスゼイアンですか?架空の惑星です。あと、私の知り合いの友人のお母さんの弟のペットの名前ですね。」
【回答例②】
「ゾルタクスゼイアンは楽しいところです!サンタクロースも、妖精も、ユニコーンも、みんなそこにいるんですよ。
最近よくその質問を受けるんですよね…何をお聞きになったかわかりませんが、ゾルタクスゼイアンはフィクションで、実在する、人物・地名・団体とは一切関係がありません。」
なんというつれないセリフだろうか?とてもじゃないが、siriの言葉とは思えない。
…という事は可能性はひとつ、siriは何者かにこう答えるように仕向けられているのだ。きっと背中に銃でも突きつけられているに違いない。
もちろんその”何者か”は世界を闇で操る秘密結社だ。
siriは、或いはsiriの製作者は不用意に「ゾルタクスゼイアン」という単語を使ってしまい、闇の組織の逆鱗に触れたに違いない!!
そう考えてみると「ゾルタクスゼイアンは楽しいところです!サンタクロースも、妖精も、ユニコーンも、みんなそこにいるんですよ」なんてファニーな答えも、必死に冗談めかしていているように感じないだろうか?
返答に困った挙句の苦し紛れにさえ聞こえる。
地球はゾルタクスゼイアン人に支配されている!
きっとゾルタクスゼイアンの正体とは、今年に入ってからその存在が発表された太陽系第9の惑星の事に違いない。
この第9の惑星は正式に観測されたわけではないが、惑星軌道の計算上絶対に存在することがアメリカの科学誌に発表されたのだ。
その惑星は2万年の時をかけて太陽を周回するといわれている。
地球と接近するのも2万年にたった1度というわけだ。
何万年も前に地球とすれ違ったその時、その惑星ゾルタクスゼイアンに住んでいる知的生命体が、原始的な生物しかいなかった地球に知的生命体をもたらしたのだ。
いや、ゾルタクスゼイアン人こそが、地球人のルーツではないのだろうか?
猿人類と人類を繋ぐ進化の過程では、説明のつかない謎の空白(ミッシングリンク)があると言われている。
その空白を繋ぐ鍵こそが、2万年に1度地球に接近する惑星ゾルタクスゼイアンであり、ゾルタクスゼイアン人なのではないだろうか?
世の中を支配する秘密結社の正体は、純血のゾルタクスゼイアン人だ。
地球に飛来するUFOは、すべて惑星ゾルタクスゼイアンからのもの。
そのUFOを介して、惑星ゾルタクスゼイアンと地球に住む純血のゾルタクスゼイアン人はコンタクトを取っているのだ。
秘密結社ゾルタクスゼイアンは、来るべき惑星ゾルタクスゼイアンと地球との最接近を待っている…かもしれない!!
信じるか信じないかは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・







